静穏期・準備期の災害看護 その1

災害看護

静穏期・準備期は、災害の発生に備える時期です。個人や組織が防災計画を立てて教育や訓練を行ったり、社会全体で法律を作ったりすることも含まれます。そこで、今回は災害看護にかかわる法律の確認、特に災害時に活動する専門職について定めた法律を紹介します。

 

日本国憲法

日本国内で個人や組織の主体的な活動を保証したり、法律制定の根拠になるものは日本国憲法です。中でも、特に人々の生活や健康に大きく関わるのが、十三条と二十五条と言われています。

第十三条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第二十五条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

この2つの条文に定められた国民の権利に応じて法律は定められています。例えば、「医療法」の第一条の二では、

医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。

としています。医療の担い手として看護師を明記していることにも注目ですね。

 

災害から国土と国民の生命・身体・財産を守ることを目的とした「災害対策基本法」でも、

第一条では、

社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資することを目的とする。

第二条の二の四では、

災害の発生直後その他必要な情報を収集することが困難なときであつても、(中略)人の生命及び身体を最も優先して保護すること

と規定されています。

 

生命の尊重は分かる。命あっての物種と言うし。それで「公共の福祉」って何?

と感じませんか?

これは余談として説明しても良いのですが、大切な事柄なので後回しせず説明します。

 

公共の福祉

非常にざっくりになりますが、

人々が互いに尊重し合いながら穏便に過ごせる世の中

とイメージしてください。

「公共の福祉」について色々な解釈や議論がありますが、それらを辿っていくと、ジャン・ジャック・ルソーというフランスで活躍した思想家に行き着きます。

ルソーは、人間は自分自身を一番大切にする本性を持っており、この本性を放置しておくと、全員で争い合い、誰か1人が勝ち残るまで争いが続くと考えました。そしてルソーは、自分が一番大切であるという気持ちを一斉に譲り渡せる集まり(共同体)を作れば良いと考えました。

自分の利益を世の中のために譲れる訳が無いと感じるかもしれませんので、別の言い方をすると、自分たちの社会の決まりを自分たちで決める仕組みということです。「自分」ではなく「自分たち」というところがポイントです。

主体的に自分の権利を社会に譲り渡し、その権利で互いに利益が得られる世の中であれば、「お互い様」という気持ちを感じられるのではないでしょうか。誰がどの程度の利益に与れるかを調整したり、仕方なく妥協したりするのではなく、一人一人の幸福が社会全体の幸福に繋がる仕組み作りをルソーは提案したのです。

誰かが誰かを貶めて実現する幸福など無い

これが日本国憲法に記されている「公共の福祉」に込められている考え方です。

あまり突っ込んだ話をすると看護の話に戻れなくなるので、ルソーの話はお開きにします。

個人の幸福は尊重され合うという考え方が誕生し、それは「公共の福祉」という名前で息づいているというお話でした。

 

災害医療に関わる専門職

それでは本題に戻りましょう。

災害が起きた時、看護師は沢山の専門職と協働します。その中で最も重要になるのは医師です。

 

医師

医師は、医師法の第一条で、

医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。

と規定されています。そして医師法第十九条により、

診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない

と定められ、医師法二十三条で、

診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない

となっています。

また、医療機関による医療の提供に関して定めた「医療法」では、医療従事者は患者に質の高い医療を提供するよう努めると同時に、それを患者へ説明して理解を得られるよう定められています。この中には、療養のための転院や、退院に際する福祉サービスの利用についての提案も含まれますが、災害で町が壊滅したり孤立している時に、どこまで最善を尽くせるかが課題です。

医師は人間の死亡も確認しなければいけません。特に、死体又は妊娠四月以上の死産児の検案で異状が確認できた際は、24時間以内に所轄の警察署に届け出なければいけません(医療法第二十一条)。災害が原因で死亡した方は、大きく分けると、外傷が原因になった場合、持病が悪化した場合が考えられます。これは不運ではありますが、一方で

  1. 耐震基準を満たしていない建物の倒壊に巻き込まれて致命傷を負った
  2. 災害が原因で人工呼吸器の電源が喪失してしまった

といった場合もあり得ます。こうなると「災害だから仕方ない」では片づけられない問題になります。

医師と協力して活動する看護師も、患者が負傷するに至った経緯、負傷後の経過を理解する必要があります。医療者は個人の救命だけではなく、

公衆衛生の向上及び増進(医師法第一条)

医療および公衆衛生の普及向上を図る(保健師助産師看護師法第一条)

という使命があります。

 

救急隊員

災害時に負傷した人々を医療機関へ搬送するのが救急隊員です。

救急隊員は消防法を根拠とします。

消防法

消防法は、第一条において、その目的を

火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資すること

と規定しています。

そして第二条の⑨において、救急業務は、

災害により生じた事故若しくは屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故又は政令で定める場合における災害による事故等に準ずる事故その他の事由で政令で定めるものによる傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によつて、医療機関その他の場所に搬送すること

と定義されています。

救急救命士

医療機関へ搬送するまでの間、応急手当を行うのが救急救命士です。

救急救命士は救急救命士法に基づいています。救急救命士法の第一条によれば、救急救命士は

医療の普及及び向上に寄与すること

を目的とし、救急救命処置を行います。

 

救急救命処置とは、救急救命士法第二条で定義されています。少々分かりにくいので抜粋すると、

  1. 症状が著しく悪化するおそれがある者
  2. 生命が危険な状態にある傷病者(重度傷病者)

を対象者として、対象者が病院若しくは診療所へ

  1. 搬送されるまでの間
  2. 到着して入院するまでの間
  3. 到着して滞在している間

に、

  1. 症状の著しい悪化を防止する
  2. 生命の危険を回避するために緊急に必要と判断される

場合に行われる、気道の確保心拍の回復その他の処置と規定されています。そして、救急救命士法第四十四条で

  1. 医師の具体的な指示を受けること
  2. 救急用自動車もしくは厚生労働省令で定める救急用自動車等の場所

実施しなければならないと規定されています。例外として、重度傷病者を病院若しくは診療所へ搬送するため救急用自動車等に乗せるまでの間、または病院若しくは診療所に到着して入院するまでの間において救急救命処置が必要と認められる場合は実施できます。

重症者の治療は早急に開始されることが必要ですし、どのような処置が行われているかも重要です。ここではごく僅かな紹介しかできませんでしたので、災害時の傷病者にかかわる専門職について、自身の目で確認してみてください。

次回は、災害看護に関係した国や地方自治体が行う静穏期・準備期の災害対策を紹介します。

 

余談

「公共の福祉」の説明で取り上げたルソーの考え方は「社会契約説」と呼ばれるものです。なぜ、こんなものを考えなければならなかったかというと、当時の人々はヨーロッパの混乱の時代を終わらせたかったからです。特定の人物(身分)による独裁や、宗教による支配によって人々は虐げられ続けました。そこに社会契約説が登場し、特にルソーの社会契約説に支えられてフランス革命(1789年)が起きました。その後、世の中が市民のものになったかというと、全くなっていませんが。

 

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